「この世」を「夢よりも淡き」世界だと言っているのだ。作者の世界観だろうか。われわれは現実の「この世」を確固たる世界で、「夢」を「淡き」世界だと思っている。いや思い込んでいる。こういった固定観念に作者はしばしば疑問を呈する。そのたびに読み手は驚かされる。そして、ああ、そういう考えもあるのだなと、ゆっくり作者の世界へと足を踏み入れるのだ。いやしかし、それにしても、現実の「この世」が「夢よりも淡き」世界だとは。
 この句は句集『吉野』のうち「蓬萊 一」にある。蓬萊は作者の気に入りの熱海の伊豆山の旅館だった。「余計なもののないすっきりとした空間がじつに快適だった」とあとがきで書いている。これを読むとこの句はこの旅館への何よりの賛辞だということが分かる。昼寝から覚めてもなお夢の中にいるようだというこの旅館で作者は心底のんびりできたのだろう。まさに蓬萊、俗世間を離れた清浄な場所だった。
 「夢よりも淡きこの世へ」。誰もが経験する昼寝覚のけだるい感じを蓬萊の力も借りて作者はさらりとこう詠んだ。こころを自由にしなければ生涯この境地にはたどり着けないだろう。だからこそこの句の詠み手と読み手の間にあるのは単なる共感ではない。読み手は詠み手のこころの内を垣間見ることによって自分のこころの内を再確認しているとは言えないだろうか。(三玉一郎)

 世が夢よりも淡いという存在の不確かさの感覚は、古来の和歌の伝統だろう。〈世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らずありてなければ〉(よみ人知らず『古今和歌集』雑下942)と世界を捉えてきた日本人にとっては、もはや常識ともいえる。
 しかし、このただごとにも見える一句は、季題としての「昼寝」を櫂がどう捉え直しているか示唆している。「この世」の対極が「あの世」だとすれば、昼寝の中にあるのは死の世界だ。櫂俳句において「昼寝」とは、まるでヨモツヒラサカを行き来するツールのようなのである。
 「昼寝」は櫂が繰り返し詠む季題の一つだが、最初からそうだったわけではなく、第一句集『古志』に1句もない。続く『果実』『蓬萊』にも3句ずつあるのみ。ところが2002年刊の『虚空』で突如、16句もの「昼寝」が現れる。大切な人たちとの死別後に詠まれたこれらの「昼寝」から思わされるのは、生と死の差が「昼寝」の中と外程度だということである。にもかかわらず、私たち生者と死者の間には確然たる断絶がある。
 それから約20年を経た最新句集『太陽の門』には、11句の「昼寝」がある。そして、これらのヨモツヒラサカのあちら側にいるのは、もはや失われた人々ではない。おそらく、いつかあちら側へ行ったままになるだろう作者自身の姿である。(イーブン美奈子)

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