不思議な句でありながら、直感的に心を惹かれる句である。
まず、恋をしているのは誰なのか。松尾芭蕉の〈さまざまの事おもひ出す桜かな〉という句で、「思い出す」の主格は、文法的には桜とも読めるが、意味としては桜に向き合っている人である。雛人形の持つ擬人的なイメージから錯覚しがちであるが、掲句も同様に、恋をしているのは雛ではなく、雛に向き合っている人であろう。
次に、おそろしき恋とはどのようなものなのか。古語の「おそろし」が、現代語の恐ろしいに加えて、ただならぬ、並々ならぬ、という意味を持つことから、一途な恋心を抱いた娘が、雛の前に佇んでいる情景が浮かぶ。雛人形が、母から娘へ代々引き継がれてきたことを思えば、その姿は、かつての母や祖母、各時代のその家の女性たちに重なるものでもある。
尚、句集『沖縄』で、掲句の前に置かれている句は、〈初々しき心まばゆき雛かな〉である。おそろしき恋は、初恋なのかもしれない。(田村史生)
カテゴリー: 沖縄
あれが春一番だつたかと思ふ『沖縄』
句集『沖縄』(2015年)所収。呟きをそのまま俳句にしたかのようで、思わせぶりだが、佳句とは言い難い。呟きを句にすることは難しいという見本のようだ。
ここでの春一番は単なる気象用語というよりも、象徴的な意味が込められているのだろう。吉兆か、重大な異変の予兆か。論理的にはどちらも可能だろうが、異変の予兆と取った方が、句の奥行きは深くなる。
春の到来を言祝ぐ句と解しては、あまりにも薄っぺらだ。章題は「火車」。五句前に〈死神のとなりと知らず日向ぼこ〉、少しあとに〈死の影のごとくががんぼ近づき来〉がある。掲句もまた、還暦を過ぎた作者が、肉体的な老いや体調の不調、いずれ訪れる死を意識しての句ではないか、と評者は思う。
作者が皮膚癌の手術を受け、「生と死」をおもな主題にした『俳句と人間』(2022年)を出版するのは数年先のことだが、生と死をめぐる思索と本格的に向き合うことになる一種の予兆が、この句における「春一番」であるように思われてならない。(長谷川冬虹)
「古志」の会員、同人にとって「春一番」といって真っ先に浮かぶのは、『古志』誌上で発表した後に『島に生きる 季語と暮らす』にまとめられた壱岐出身の園田靖彦氏の解説だ。氏はこの季語はキャンディーズが歌った「春一番」によって一般には春を呼ぶ優しい風だと誤解を生んだのではと書かれている。本来は立春後の最初に吹き荒れる強い南風でしばしば海難事故を引き起こし、壱岐の漁師が使い始めた厳しい背景のある季語だ。
掲句の「春一番」はどうだろうか。春がやや過ぎて振り返っての春一番のようだ。しかし、単に季節の移り変わりを詠んでいるというより、自分の人生を振り返っているようにも聞こえる不思議な俳句である。ああ、あの時が自分にとっての分岐点だったのだと、その時には分からないが、しばらくして事が落ち着いてみるとしみじみ感じることがある。人生の春一番を詠んでいるからこそ、この俳句を何度も口ずさんでみたくなる。(齋藤嘉子)
氷もて鶯の笛作らばや『沖縄』
鶯笛は、「鶯の声を出す青竹で作った笛。もともとは、子飼いの鶯に鳴き声を覚えさせるために作られたもの」と、「きごさい歳時記」にある。ふつうは竹で作るが、掲句は〈氷〉で作りたいものだ、〈氷〉で作ろう、と言っている。
しかし、作者は鶯笛を作りたくて、その材料に氷を想定している、というわけではない。この句が詠まれたあともなお、作者の目の前にあるのは、おそらく〈氷〉だけである。この氷を切り出して、鶯笛にしてみようか、そうしたら、春が早く来るかもしれない。そういう句である。
〈氷〉の中に初冬でも晩冬でもなく、春を見出すところに、前を向く作者の力強さがある。〈氷〉の〈鶯の笛〉は、春を待つ作者の心の中にだけあった。これは「虚」の世界といってもいいだろう。しかし、〈氷〉の〈鶯の笛〉は、この句の中にしっかりと存在し、読者にもありありと見え、手に取れそうなくらいである。これが「実」の世界で詠むということだろう。(藤原智子)
2015年の句集『沖縄』の第三章「火車」の一句。巻末の索引では季語を氷ではなく、鶯としている。掲句の次のページには雛の句が並ぶように早春の句である。
鶯の声は季節とともに変わり、秋から冬は笹鳴き、春が来ても最初は「ケキョケキョ」とか「ホケキョ」としか鳴けないそうだ。三寒四温の頃、氷が張る春寒の日もあるだろう。そんな時分まだ上手に鳴けない鶯が早くきれいに鳴けるように目の前の氷で笛を作ってやろう、と鶯を励まし、応援する句であろう。
歳時記には、鶯笛(うぐいすぶえ) という早春の季語もある。青竹で作った笛で、飼っている鶯に鳴声を 覚えさせるのに使うそうだ。作者の念頭にはこの鶯笛のことがあったのかもしれない。早春の暖かさに包まれた一句と言える。(臼杵政治)
人類の冬の思想の深みゆく『沖縄』
「思想の冬」と「冬の思想」は言葉としては似ているが内容は全く違う。「思想の冬」は、国際情勢や社会の変化で思想が停滞している場合や、独裁政治によって思想の自由が脅かされている状況を表している。「冬の思想」はある思想の内容を表している。
句集『沖縄』の後書きによれば、この句は2013又は2014年の作となる。鉄腕アトムが生まれた2003年を過ぎ、戦後の各分野での明るい未来のベールが次々に剥がれてゆき、映画『ブレードランナー』の世界が現実味を帯びてきた。そこで、それまで囚われていたユートピア的な視点を捨て、世界を冷徹な目で見直そうとする思想が「冬の思想」ではないか。そして、その思想が全世界で同時に進化していると作者は詠んでいる。
それから、十数年たった今、全世界はそうなってきたか。冬が極まって冬至となり春へと転換しつつあるのか、それとも過冷却水のように少しの刺激で一気に氷結する世界なのか。現在が、人類の22世紀の世界を決める分岐点であることは確かであろう。(稲垣雄二)
掲句を声に出して読むと、この世界の深淵を覗きこんでいくようだ。文字にすれば、真っ白な世界が広がる。白に濃淡があるならば、最も濃い白である。
「冬の思想」をどのように解釈すればいいだろう。古代中国の「陰陽五行説」の哲理であろうか。一切の万物は陰陽二気によって生じ、木火土金水の五つの元素で成立するという説である。因みに冬は「水」である。これら元素の消長により天地の変異、災祥の吉凶を説明する。掲句は「人類の」と大きく切り出され、作者はこの世を俯瞰の視線で捉えている。まるで万物すべてがこの宇宙の塵であるかのように。
夏は気持ちが外へと向かうが、寒い冬は内省的になり、時として人を哲学者にする。掲句の「の」の三つの畳みかけは読者を深々とした世界にいざなう。
本句集の装幀に心惹かれる。カバーの赤は琉球の赤であろうか。きれいな韓紅色だ。素敵である。(谷村和華子)
流木や嘆き疲れて秋の風『沖縄』
木が海に流され、海を漂い、また海辺に流れ着き、秋風にさらされている叙景の句であるが、「流木」は懸命に何かを追求していた人が挫折し、海辺で秋の風に吹かれながら佇んでいるメタファー(暗喩)とも解釈できる。
掲句は句集中で、句集名と同じ「沖縄」と題する50句(初出は総合誌「俳句」2015年8月号)の42番目に置かれている。この句の前には〈誅求の昔ありけり黍を刈る〉という句が置かれている。「誅求」とは民から厳しく税を搾取することで、江戸時代、薩摩藩の支配下にあった琉球王国の民を詠んでいる。第二次世界大戦では日本で唯一地上戦が繰り広げられ多くの犠牲者を出した島であり、現在も在日米軍基地の約70パーセントが沖縄に置かれ、米兵によるさまざまな事件も起きた。50句の最初の句は〈球形の夏の空あり嘉手納基地〉で、沖縄の現実を読者に示している。残念ながら日本国民の多くはこうした沖縄問題への関心が高いとは言えない。
以上のことを考えれば、掲句の「流木」とは沖縄であり、沖縄の人達のことである。沖縄の人達は島の現状に「嘆き疲れて」いるのだ。だが、この句だけでは沖縄まで想像するのは難しいだろう。一句独立で読み手に伝わるかの問題をはらんでいる。(齋藤嘉子)
われわれは歴史を語ることはできるが、その正しさを証明することは不可能だ。なぜなら、われわれはその歴史の中にいるから。まして俳句はその短さ故、語ること自体むずかしい。
俳句は読み手との対話にひらかれている。だからこそ、つねに生きた問いとなる。
掲句は、句集『沖縄』の第一部「沖縄」の終盤に収録されている一句。太平洋戦争末期、沖縄は激戦地となり、20万という人命が失われた。0歳児から老人まで島民の4人に1人が犠牲となったと言われる。多大な犠牲者を出した沖縄は、米国の支配下に置かれ、1972年に日本に返還されたが、今もなお本島面積の15%に米軍基地が点在する。これは日本国内の米軍基地の7割に及ぶ。
第一部「沖縄」には〈忽然と戦闘機ある夏野かな〉〈夏草やかつて人間たりし土〉〈亡骸や口の中まで青芒〉〈大夕焼沖縄還るところなし〉のように、犠牲者への鎮魂だけでなく、今現在の沖縄の置かれた状況への批判が込められた句が並んでいる。
こうした流れから掲句に出合うと、この「流木」はまるで沖縄という島の姿そのものに思えてくる。(関根千方)
地球自滅以後の沈黙天の川『沖縄』
『沖縄』(2015)の「沖縄」の章には、「俳句」(角川文化振興財団)2015年8月号に発表した特別作品50句が所収され掲句もその中の一句であり、のちに出版された『震災歌集 震災句集』(2017)にも収められている。
「地球自滅」とは、戦争、災害、疫病、気候危機と今の地球が抱える問題全てが長引けば、ありえる事なのかもしれない。そのような悲惨な状況が起こったとしても宇宙の壮大な営みは止まることはないと作者はとらえている。「沈黙」の後に切れを置いたことで宇宙の静寂に一層の深みを持たせている。
「沈黙」を用いた作者のほかの句に〈夏富士や大空高く沈黙す〉〈大宇宙の沈黙をきく冬木あり〉(共に『太陽の門』2021)がある。この三句の「沈黙」は作者が感じた天地の静けさであり、松尾芭蕉が『おくのほそ道』で詠んだ〈閑さや岩にしみ入る蟬の声〉の「閑さ」と同じ余韻が心に残る。(髙橋真樹子)
掲句は、句集『沖縄』の「沖縄」五十句のなかの一句である。主に、沖縄の自然と、今なお残る戦争の爪痕を詠んだ句が並ぶなかでも、異色の一句と言えよう。
人類は、現在も戦争を繰り返している。原発事故しかり、パンデミックしかり、地球温暖化しかり。確かに、人類が自滅する未来は近づいているのかもしれない。ただ、作者は、「人類自滅」ではなく、「地球自滅」と詠んだ。「以後の沈黙」は、前者であれば、人類のいなくなった静かな地球を意味するが、後者であれば、地球なき後の宇宙空間の静けさを想起させる。雄大な天の川の下、作者の心にあるのは、人類の歴史も、地球という星の存亡も、大宇宙のなかでは小さな出来事にすぎないという、無常観や諦念であろう。
句の作りとしては、上五中七に「自滅」「沈黙」という熟語が並び、かつ、「チ」「ジ」「ツ」と続く破擦音が緊張を生むが、下五「天の川」の語感と響きが、一転して大らかな印象へと句を転換させている。(田村史生)
蜩や摩文仁は骨をとり尽さず『沖縄』
糸満市摩文仁は、沖縄戦最後の激戦地。南部に避難していた住民が戦闘に巻き込まれ、多くの人が犠牲となった。現実には、「摩文仁の骨をとり尽せず」ということではないのか。なぜ、「摩文仁は骨をとり尽さず」なのか。
それは、こう詠むことで静けさが伝わるからではないか。摩文仁という地がそこで亡くなった人の骨を抱えてともに眠っているのだ。その静けさをより際立たせるのが「蜩や」である。戦争をイメージさせる季語ではない。摩文仁の丘を震わせるように鳴いていたのだろうか。
摩文仁での苛烈な戦闘を、小さなやわらかい命の声と取り合わせ、静けさをたたえた一句にするのは非情である。が、その非情さを以ってしか、現実に対抗できない。(藤原智子)
摩文仁の丘は沖縄本島最南端の岬であり、沖縄戦の最終盤に軍人あるいは民間人がここに追い詰められた。銃撃や火炎放射により戦死しただけでなく、降伏を避けて断崖絶壁から飛び降りて自決した民間人も多い。そのため米兵は「スーサイドヒル(自殺の丘)」と呼んだという。79年後の現在でも丘にはまだ遺骨が眠っており、ボランティアによる収集活動が続いている。
この事実を題材に詠まれたのが掲句であり、夏の終わりを告げる蜩の声が、いまでも死者の骨、否、魂が地中に眠っている悲しさを強調する効果を持つ。人の生死に正面からぶつかる最近の作者の指向の延長にあると言えよう。
掲句を含む『沖縄』は2015年夏の刊行で、沖縄、夏の死、火車の3章からなる。沖縄の章には掲句や〈潔き者から死ねり生身魂〉のような鎮魂の句、〈忽然と戦闘機ある夏野かな〉など、沖縄が置かれている現状を詠んだ句があり、他方で〈海青くはるかな秋の来つつあり〉〈星こよひ小島づたひに海の道〉などの美しい自然詠もある。掲句とこれらの句のコントラストが現地のやるせない状況を読者に突き付けている。(臼杵政治)
海青くはるかな秋の来つつあり『沖縄』
「はるかな秋」が青い海を越えて今まさに来つつある。
この島で過去に何があったとしても、「はるかな秋」はいつも通りにやってくる。
「はるかな秋」はいったいどこからやってくるのだろう。それは「ニライカナイ」に違いない。他に何が考えられるだろうか。「ニライカナイ」は青い海の彼方にあると信じられている理想郷。
「はるかな秋」も、鳥や花も、そして私たち人間も「ニライカナイ」からやって来て、「ニライカナイ」へと帰ってゆく。
あらゆるものは姿を変えながら、宇宙を巡っている。
この句はその一瞬を切り取っているのである。(村松二本)
句集『沖縄』は一句一句が胸を叩く。戦争や政治に翻弄されながらも抗いながらも受け入れている(そうせざるを得ない)悲しさ、やさしさ、やるせなさ。恐らく充分に歴史検証した上での作者の寄り添う心なのであろう。
どこまでもどこまでも青い海。そして掲句はどこまでも静謐である。上五から中七「海青くはるかな秋の」と俯瞰の眼差しだ。ずぶずぶと足元がめり込んでいきそうな程の怒りや悲しみを作者は、大きな呼吸ではるかな時間軸でとらえている。秋が近づいて来るにつれ、海の色は濃く澄み渡ってくるが、下五「来つつあり」にこれからもずっと沖縄に心を寄せていくという作者の思いが伝わる。戦争の愚昧と悲惨を静かに沖縄の海に照射しているのだ。その寂(しず)かな余韻に作者の思いの深さを感じ取る。
次の二句も本句集に所収されている。〈やさしくて人に喰はるる鯨かな〉〈喰はれつつ人を憐れむ鯨かな〉。沖縄のやさしさが哀しみとなり、相手を憎むのではなく憐れんでいる。笑顔が目に浮かび、三線の音色が聴こえてきそうだ。沖縄の人々も哀しみをきっとあの青い海に静かに照射しているに違いない。(谷村和華子)