三月の桃の節句には、雛人形を飾って女の子の幸せを願う。「雛の間」ということばがあるくらい、雛人形がある空間は、明るく華やいだ特別の感があり、そこに集う家族の幸せなひとときは、親にとっても子にとっても、あたたかな記憶としていつまでも残る。
しかし自然は、非情を突き付ける。この句の場合は、平成7年1月17日の早朝に襲った阪神・淡路大震災である。多くの建物崩壊と火災を引き起こしたこの災害は、毎年雛飾りをして祝っていた多くの家族から幸せを奪い、多くの幼い命を奪った。
雛人形は喜びに満ちた家族の祝福の前に置かれるものであるが、今や、瓦礫の下敷きになり、その花のような顔は泥にまみれ、傷つけられている。瓦礫と雛、という本来不釣り合いな配置を描き出したところに、表現の強度がある。雛人形の顔が最も対極にある悲惨な世界の底に押しつぶされている。この雛人形の悲惨は、幸せな家の喪失を象徴するだけでなく、無数の幼い女の子の死顔まで連想させる。
「瓦礫の下に」ではなく「瓦礫の底に」という表現に、雛を圧し潰す瓦礫の重量感だけでなく、人の力ではどうしようもないことの圧倒的な厚みまで感じさせる。(渡辺竜樹)
関東大震災から阪神大震災へ、人の力ではどうしようもない、親の悲痛な思いを受けて詠まれたのが掲句である。
ここでは、一句だけでなく散文と併せて鑑賞したい。紀行文『海の細道』の旅は、京都・落柿舎を出発し淀川を下り大阪湾へ出てくる。「阪神間」はクルーザーから六甲の山なみを眺めるところから始まる。六甲の斜面につらなる街なみを雛段と表現し、関東大震災を逃れて谷崎潤一郎が暮らした「倚松庵(いしょうあん)」に思いを馳せる。谷崎の生涯の伴侶松子夫人を水の女神のなまめかしい化身と表現する。〈目を入るるとき痛からん雛の顔〉(『天球』所収)がふっと浮かんではこないか。
松子夫人の俤からなまめかしい雛の顔、そして大震災の累々とした瓦礫。雛段、雛の顔、瓦礫、一つの言葉のまだ消えないうちに、次の言葉が静かに染み入る。緊密な言葉の繋がりは、この一句に結実する。作者のゆるぎない言葉への信頼を感じとれる文と句の世界である。(きだりえこ)