月のぼる月に心のあるごとく『唐津』

 掲句は、句集『唐津』の「近江」の章にある月の句の一つであり、前後の句から、比叡山での観月句会で詠まれたことが分かる。
 句会に集った人々が待ちかねていた月が、それも想像以上に見事な月が現れた。人々の日頃の行いがよいのか、あるいは願いが届いたのか、人々の心が月を呼んだ、ただそれだけではなく、月にも心があるようだというのだ。この良き夜、比叡山から望む琵琶湖の上へ、人々の願いに応えるように、まるで月自身が万感の思いを抱いてのぼってきたようだと、作者は感じた。それほどまでに、その夜の月が大きく美しかったのであろう。月を褒めながらも、同時に人々への挨拶句にもなっている。
 月に心があるという内容は、ややもすると陳腐なものになりがちであるが、上五と中七の「月」のリフレインでリズムを整えたうえで、下五は「あるごとく」の直喩表現でさらりと締めている。それによって、過剰な思い入れが除かれて、すっきりとした印象の句となった。(田村史生)

 掲句は比叡山から望む、東の琵琶湖にのぼる仲秋の名月を詠んだと思われる。のぼりゆく月に心があるようだと言っている。「月」は自然の移り変わりや人の感情を表現する手段として、日本の古典文学の中でも「花」「雪」と共に多くの和歌や俳句に詠まれてきたが、月の心を讃える句はあまり見かけない。けれども作者はいつの頃からか月の心に気が付いており、その尊さについて改めて納得をした一瞬を句にしたためたのではないだろうか。
 句集『唐津』の「近江」の章には、掲句のほかにも、仲秋の名月に合わせて開かれた、古志「比叡山観月句会」で詠まれた句が並ぶ。〈登りきて叡山こよひ月の山〉〈ただ山といへばこの山けふの月〉〈比叡山月光界のただなかに〉〈望月のやうなどら焼延暦寺〉〈月光のしぶきをあげてゐるところ〉〈小夜更けてとある谷間に月落つる〉。月ののぼりはじめから西の空へと沈むまで、現実と心の世界を、寄せては返す波のように行き来をして俳句に詠んでいるようだ。読み手は比叡山の幻想的な名月の夜の気配を味わう。(髙橋真樹子)