掲句は、『震災句集』(2012年)所収。一句前に「首相退陣」という前書きを持つ〈政局や今ごろにして柳ちる〉の句がある。東日本大震災後の混乱の中で、小沢一郎らの民主党内からの揺さぶりによって首相菅直人が退陣に追い込まれたのは2011年9月だった。掲句はこの首相退陣を受けた句でもあり、ひろく震災と福島原発事故後の日本の再建をどうするのかを読者に問いかけている。
言うまでもなく高浜虚子の〈桐一葉日当りながら落ちにけり〉を踏まえる。桐の葉は皇室の紋としても使われてきた。豊臣秀吉は桐の紋を好んだ。大きな桐の葉は王者性のシンボルであり、国家権力の象徴でもある。〈この国を菖蒲の風呂で洗はばや〉〈願はくは日本の国を更衣〉〈滅びゆく国のかたみの団扇かな〉など、『震災句集』は幾つもの憂国の句を収める。
東日本大震災から12年7ヶ月。日本の政治も経済も社会も、下り坂を転げ落ち続けている。「この国をどうするか」、混迷からどう脱却するのかという問いは、いまだ確たる答えを得ていない。(長谷川冬虹)
掲句は、「桐一葉」のあとの大きな間を「さて」でおおらかに受けとめ、まるで徳川家康が今後の国造りを思案している景を描いているかのようだ。
しかし、この句は東日本大震災が起こった2011年秋に詠まれ、『震災句集』(2012年)に入集。2011年に櫂は『震災歌集』を上梓し、為政者や東京電力を痛烈に批判したが、『震災句集』では、その批判の矛先は自分を含む国民一人一人に向けられている。『俳句的生活』(2004年)第五章で、投票の一票も支払うお金一円も、自分が願う社会への意思表示であり、国民の総意としての社会が形成されると述べている。櫂は、この句で自分と読者に日本をどのような国にしたいのか、そのために一人一人が何をなすべきなのかと静かに質している。
安価な電力を国民は求め、結果原発事故が起こった。国民の一人としてその反省と自責が〈福島をかの日見捨てき雪へ雪〉(句集『太陽の門』2021年)の句となった。(齋藤嘉子)