桜の花びらが一片一片貝殻のうちがわのような白さと光でゆっくり螺旋を描き舞い、足元の魚籠の中へ。魚籠の底には鰻がゆるりと蜷局(とぐろ)を巻いて…落花の線の動きも鰻の点の動きもいずれも渦を巻いているが、この対比。また、桜の花びらのひんやり感と鰻のぬめり感という対比。これらの対比が絶妙であり、句に厚みをもたせている。
一茶に〈鰻屋のうなぎ逃けり梅の花〉という句がある。「梅の花」と「うなぎ」の取り合わせだが、絣の手触り感を思わせる句である。染められた糸で織られた絣柄はどこか温かみのある素朴な雰囲気が魅力だ。絣地は動きやすい。この句の鰻は逃げ足も速そうだ。
対して、「花びら」に「鰻」の取り合わせの掲句だが、花びらが魚籠の底の蜷局を巻く鰻へ達するまでの気配…それを作者は柔らかな視線の動きで絖(ぬめ)のように掬いとっている。絖は生糸を繻子織にした薄く滑らかな光沢ある絹織物である。絖のひかりのような句である。(谷村和華子)
『虚空』と言えば、〈生き死にを俳諧の種籠枕〉という句が思い浮かぶ方も多いのではないだろうか。『虚空』を代表する一句である。
掲句は一見単に景を描写しているようにも見える。しかし、「花びら」と「鰻ぬるりと魚籠の底」とが「生き死に」を暗示していると捉えることができる。
まず、「花びら」が「死」を象徴している。「花びら」は美しいものというイメージがあるかも知れないが、「花びら」となった瞬間に命を失っている。美しさと背中合わせの儚さ。
一方で「鰻ぬるりと魚籠の底」には生命の躍動が表現されている。なかでも「ぬるり」は官能的な動きを感じさせる。「魚籠の底」という暗がりにうごめく命が描かれている。
命を讃え、命を惜しむ。そんな心の働きが言葉の背後に浮かび上がる。(村松二本)