鶯笛は、「鶯の声を出す青竹で作った笛。もともとは、子飼いの鶯に鳴き声を覚えさせるために作られたもの」と、「きごさい歳時記」にある。ふつうは竹で作るが、掲句は〈氷〉で作りたいものだ、〈氷〉で作ろう、と言っている。
しかし、作者は鶯笛を作りたくて、その材料に氷を想定している、というわけではない。この句が詠まれたあともなお、作者の目の前にあるのは、おそらく〈氷〉だけである。この氷を切り出して、鶯笛にしてみようか、そうしたら、春が早く来るかもしれない。そういう句である。
〈氷〉の中に初冬でも晩冬でもなく、春を見出すところに、前を向く作者の力強さがある。〈氷〉の〈鶯の笛〉は、春を待つ作者の心の中にだけあった。これは「虚」の世界といってもいいだろう。しかし、〈氷〉の〈鶯の笛〉は、この句の中にしっかりと存在し、読者にもありありと見え、手に取れそうなくらいである。これが「実」の世界で詠むということだろう。(藤原智子)
2015年の句集『沖縄』の第三章「火車」の一句。巻末の索引では季語を氷ではなく、鶯としている。掲句の次のページには雛の句が並ぶように早春の句である。
鶯の声は季節とともに変わり、秋から冬は笹鳴き、春が来ても最初は「ケキョケキョ」とか「ホケキョ」としか鳴けないそうだ。三寒四温の頃、氷が張る春寒の日もあるだろう。そんな時分まだ上手に鳴けない鶯が早くきれいに鳴けるように目の前の氷で笛を作ってやろう、と鶯を励まし、応援する句であろう。
歳時記には、鶯笛(うぐいすぶえ) という早春の季語もある。青竹で作った笛で、飼っている鶯に鳴声を 覚えさせるのに使うそうだ。作者の念頭にはこの鶯笛のことがあったのかもしれない。早春の暖かさに包まれた一句と言える。(臼杵政治)