邪な者は玉虫まぶしからん『吉野』

 玉虫は、日本の甲虫の中で最も美しいと言われる。背中に赤紫色の二本の縦縞が入り、全体に金緑色の金属光沢があって、見る角度によって色が変わる。幸運の吉兆とされ、法隆寺の国宝玉虫厨子には、装飾にその羽根が使われている。
 掲句は、その玉虫が、邪な者にはまぶしく見えるだろうというのだが、では、邪な者とは誰を指すのであろうか。ここで、「邪な者に」ではなく、「邪な者は」としていることに注目すると、玉虫がまぶしく見える者は邪な者である、とも読めるのではないか。そして、玉虫が誰にとってもまぶしく見えると捉えれば、誰の心にも邪な者は棲んでいる、ということになるのではないか。邪な者とそうでない者を区別して、他人事とするのではなく、作者自身も含め、邪な心を自らのこととして、玉虫の美しさと対比しているのだ。
 掲句が、句集『吉野』の「櫻花壇」の項にあることから、山岳信仰と繋がりの深い土地が、作者にこのような思いを抱かせたのかもしれない。(田村史生)