掲句は一つ前の〈敗戦忌すなはち丸山眞男の忌〉と連作であろう。丸山眞男といえば、高校の現代国語の教科書に『「である」ことと「する」こと』が載っていた。
政治学者で思想史家の丸山は自らの軍隊体験も踏まえ、超国家主義を無責任の体系と鋭く分析した。終生一貫して、ぶれることなき提言で戦後日本の論壇をリードした。そのぶれない思想と姿勢に作者は最高の涼しさを感じているのだ。それが季語「浴衣」につながった。決して頑なではなく、もう一つ突き抜けた雰囲気、糊のきいた浴衣をさっぱりと着流したイメージというか。恐らく、その姿は作者の信条とも一致するのではなかろうか。
丸山には被爆体験があったが、そのことを積極的には語らなかった。その心奥を思うと忌日が八月十五日であるのは因縁めいている。母君も同じ忌日という。真摯な生きざまは忌日まで用意されるのであろうか。西行、虚子、立子…など人と忌日は時に符合するようで興味深い。(谷村和華子)
この句に初めて会った時、有季定型はやせ我慢だと思った。その縛りがなければ、例えば「不屈なる」「不屈な」または「不屈の」と同じ言葉を繰り返したほうが、リズムを生むと思う。文字の上では、定型の美しさを守るため、「不屈なる」と「不屈の」となるが、心の中では、「不屈なる」を二回繰り返して私は読んだ。
もう一つ、定型を守るために犠牲にしていることがある。それは、この句は「かな」をつけて、詠嘆の形で終わっている一物仕立てである。そうすると、「不屈なる思想」と「不屈の浴衣」をつなぐ言葉が必要となる。「は」「が」「とは」などいろいろな言葉が入ると思うが、順接的につなぐ言葉が入るだろう。つなぐ言葉が入ればよりわかりやすくなるのに、あえて入れない。そこを、ぐっと我慢して、一句に仕立ててある。
さて「不屈なる思想は不屈の浴衣かな」と仮定すると、どうなる。「優柔の思想は優柔の浴衣かな」ならば納得できる。不屈なる思想から最も遠いところにあるのが浴衣ではないのか。しかし、本当に不屈なる思想は、風に翻る浴衣のようなしなやかさがあるのでは。勇ましい鎧兜のような思想は、外面だけではないだろうか。
分かりやすい句を作ろうとする心と、定型の美しさを求める心のせめぎあいの結果、この形となった。勿論「不屈な浴衣」は、氏自身である。(稲垣雄二)