国栖人のしぐれで染めし楮紙『蓬萊』

 吉野川(紀の川)上流の国栖(くず)では、現在、毎年旧暦の1月14日に天武天皇(大海人皇子)をまつる浄見原神社に舞楽「国栖奏」を奉納している。壬申の乱で吉野に落ち延びた皇子に歌舞を見せたのが始まりと言う。遡ると国栖人は応神天皇の行幸の際にも、酒と歌舞を振舞っていた。先祖が大和朝廷の東征を助けた名残りかもしれない。
 このように独自の伝統と文化を持ち、和歌や能の題材になっている国栖を取り上げたのが掲句である。冬の初め、国栖人が和紙を作る光景である。国栖紙と呼ばれる和紙作りも彼地の伝統なのである。
 句の眼目は「しぐれで染めし」という中七にある。楮から紙を作る時、外に時雨が降っている様子を描写していると考えられる。しかし、和紙には金箔や銀箔が散らされており、表面の色は洋紙のような完全な白ではないだろう。時雨の滴が無色とすれば、国栖の時雨を使って、魔法のように紙に色をつけていると想像することもでき、それが掲句の奥行きを膨らませるのである。(臼杵政治)

 国栖は、奈良県吉野の山奥の村落。だから、「楮紙」の中でもこれは吉野紙のこと。楮皮の繊維を精選し、極めて薄く漉いたものでありながら、引っ張りに強く、ふっくらとした紙の地合いが濾過に適しており、漆の濾過に用いられてきた。その白さと柔らかさから「吉野和良(よしのやわら)」「やわやわ」とも呼ばれる。
 掲句は、国栖人の漉く吉野紙を染めたのは、吉野の山にぱらぱらっと降った「しぐれ」だというのだ。「しぐれ」の音の世界を「染めし」と色の世界に大きく転じたところが作者の力だ。
 『蓬萊』には〈揺らしては紙に漉きこむ桜かな〉〈草で染め桜で染めて吉野紙〉という句もあり、吉野紙の華やかさがあふれるようだ。掲句もまた、時雨に華やかさを見出している。芭蕉七部集の一つ、『猿蓑』の巻頭〈初しぐれ猿も小蓑をほしげ也 芭蕉〉を彷彿させ、鮮やかに冬の到来を告げている。(藤原智子)