きのふ秋立ちたる家のしづかさよ『果実』

 全く違う句なのだが、どことなく芭蕉の〈秋深き隣は何をする人ぞ〉を彷彿する。句集『果実』の刊行は、結社「古志」の創設から約3年後。芭蕉最晩年の「秋深き」に対し、まだ若い作者が「立秋」で応えている、そんな感じもする(若い、とは現代人の感覚で、実年齢とは別)。
 掲句は今年(2024)上梓された『長谷川櫂 自選五〇〇句』にも入集、〈老杜甫は髪すり切れし籠枕〉〈籠枕あたまのそばにころがれり〉の次に置かれた。杜甫の死を思って芭蕉は自らの遺骸を舟に乗せさせたという作者の説(『海の細道』2012)も思い出され、『果実』の中で読んだ時よりも強く老いと死の気配が感じられてくる。よく見ると、掲句には人がいない。家はあるが、生きた人の姿がない。
 若さと死とは矛盾しない。生は常に死を内包している。まだ若い人の家だとしても、死はどこかに確実に潜んでいるのである。(イーブン美奈子)

 社会生活を送る上では計画があってそれに従って行動を起こすのが正しい姿勢。だが人間と自然の関係は逆だ。心あるいは体で感じる感覚があって初めて季節を表す言葉が生まれる。いよいよ立秋だと待ちわびる人もいるだろうがそうでない人も多い。あっ、何か秋の感じだな、とか。
 「きのふ」とはごく近い過去のことだろう。この句の手柄は立秋が過ぎた後の、他でもない家の静かさを見つけたこと、そしてそれを家庭とか家族ではなく「家のしづかさ」と措いたことだ。実際には変わるはずのない家の静かさを描いたことで句に迫力が増した。この「しづかさ」は心で感じた静かさということになる。
 大阪への単身赴任に伴って藤沢を離れて芦屋に住むことになったことから、句集『果実』は西国篇と東国篇に分かれている。東国篇のⅢにこの句はある。単純な私は一人住むことになった西国篇にこそこの句はあるべきだと思ってしまう。だが、実際は家族がいる藤沢に戻ってからの句だ。単身赴任の間に感じていたさみしさの中で出来上がったにぎやかな家庭のイメージ。そしてそこに戻った後で感じる少しのギャップ。にぎやかな家庭にいて心で感じる「しづかさ」、それこそが俳句という詩形を使って描かれるべき本当の静かさだろう。(三玉一郎)