いくたびも村流されて月見草『果実』

 能登の豪雨災害のニュースが連日伝えられている。今年の元日に発生した能登半島地震の復旧が少しずつ進み、ようやく日常を取り戻しつつあった矢先の災害。なぜまたこのような悲惨な状況に遭遇しなければならないのだと、やり切れない思いを抱えつつ、待ったなしの片付けに追われる被災された方々のことを思うと、切なくていたたまれない。
 掲句はそのような感情移入をせず、繰り返される水害を「いくたびも村流されて」と時の流れの中でのできごととして淡々と詠む。嘆きや絶望までも流されていったかのようで、そこには静寂がひろがっている。
 我々が感情と呼んでいるものに縛られると、執着・怨念・怒りが増殖し、不安・失望から諦念になってしまう。それを越えて櫂は悠久の時空の中で生まれ消えていくものを見つめている。そして淡々と詠む。静寂の中に月見草があるだけである。(木下洋子)

 古来大氾濫を繰り返してきた川沿いの村。流されてもまた村を築き、築いてはまた流される。月もまた欠けては満ち、満ちては欠けてゆく。再生=よみがえりの象徴である。永遠は死と生の循環の中にある。
 ある夜、月見草をみながら、そんな永遠の時間に思いをはせているのだろう。この月見草は、いくたびも大洪水にみまわれながらも、その土地を、文化を、自然を守り、生きてきた人々の姿と重なる。
 句集『果実』にあたると掲句の前に〈牛冷す阿武隈川に夕映えて〉という句があるから、阿武隈川沿いにある村であることがわかる。阿武隈川は、阿武隈山地から発し、福島県の北東部を流れ、宮城県南部に入って太平洋に注ぎ込む長く大きな川である。古くは交通や輸送に利用されてきた。白河の関が奥州への入り口とされるのも、陸路と同時に、この阿武隈川につながる舟路へのアクセス拠点であったこともあるはずだ。
 この月見草は、月を見ている芭蕉の姿にすら見えてくる。(関根千方)