掲句を読んですぐ思い出されるのは、櫂の師である飴山實の〈妻いねて壁も柱も月の中〉(『辛酉小雪』)である。また、掲句入集の句集『初雁』には〈浮寝鳥よべは大きな月の中〉がある。
三句とも月の下で安らかに眠る人や鳥を詠っている点は共通している。
「妻いねて」には妻への夫の温かな眼差しと妻が寝入ってからの時間の経過が感じられる。さらに妻から壁、柱へと読者の視点を広げながらも妻の眠る寝室を切り取った静的な句である。一方櫂の二句は、子どもと浮寝鳥だけにスポットライトを当てているが、子どもと浮寝鳥が月光の輪の中へ自ら入っていったという意志を感じさせる動的な句だ。俳句はわずか十七音の詩である。ゆえに同じ句材でもわずかな措辞の違いが大きな印象の違いを生む。
また、櫂の二句はロシアからの砲撃が止んだ束の間、月光の下で眠る子どもと浮寝鳥を私は想像する。このように読者が自由に想像を広げることができるのも俳句の持つ醍醐味だ。(齋藤嘉子)
眠りは、人間のもっとも原初的な行為である。〈朝寝して眠りの神の懐に〉(『初雁』)。朝寝、昼寝、昼寝覚。作者は食とともに、睡眠もよく詠む。虚飾を剥ぎ取った、覚醒の対極にある、無防備な「素」の姿が眠りである。
〈子の睡りもつとも深し苔の花〉(『定本 古志』)の句があるが、眠る子の句は、作者には珍しい。子どもは長時間、無心にむさぼり眠る。月光は母性的なものの象徴でもあろう。母性的なものに抱かれて、安心して熟睡する子ども。掲句は、眠っている子どもが月光を浴びている情景を詠んだシンプルな句だ。余分な修飾は何もない。「月光に入つて眠る」と、積極的に踏み込んで詠んだ点にこの句の眼目があろう。踏み込む視点の重要性を、作者は句会でもよく説いている。
月光は、また宇宙的なもののシンボルでもある。子は母性に抱かれ、宇宙に抱かれて、安心して熟睡する。
第七句集『初雁』所収。2002年から04年までの句を収める。掲句は2002年の句だ。作者は、『初雁』のあとがきに、「豪雨、猛暑、また冷夏、度重なる台風の襲来と天変地異が相次いだ」、とくに2004年はゆかりの深い新潟県中越地方が地震に襲われ、「動揺のなかで年が暮れた」と記したが、2011年3月には東日本大震災、東電福島原発事故が勃発する。
大災害や大事件、悲惨な事故、激変続きの時代のつかの間の安寧。大人になった子どもを待ち受けているのはどんな運命なのか。2023年夏にあらためてこの句を読み返すと、掲句の安らぎと幸福感が貴重に思えてならない。(長谷川冬虹)