「おぼつかな」は、はっきりしないぼんやりした状態を指す言葉である。「おぼつかなし」と言い切らず、「おぼつかな」で余韻が残る。
ユスリカなどの小さな虫が柱状の群れをなして変幻に移動する「蚊柱」に出くわすと、手で払ってもまとわりつく感じで、急いでその場から逃げ出した記憶がある。ただ、まとわりつかれても、虫に刺されまくった印象はない。ユスリカは、ハエ目ユスリカ科の昆虫で吸血しない。繁殖行動で雄が群れて飛び、雌を呼び込むのだ。成虫になってから五日ほどの儚い命である。
池や川などの水辺で蚊柱を見かけることがあるが、掲句は湖である。夕方の湖の空というと灰色がかった淡い水色をイメージする。その茫洋とした水彩の空を背景に、蚊柱が立つ。掴めそうで掴めない曖昧さで不安を誘う「おぼつかな」に込めた作者の想いは何だったのだろうか。
句集の中でも印象に残っていない一句だった。しかし今の混沌とした社会情勢もあってのことなのかはわからないが、だんだん「おぼつかな」が気になってきた。繰り返し読んで「飽きる句」もあれば、「次第に魅かれる句」もある。(木下洋子)
淡海の章に収録された一句。淡海は琵琶湖の古称。私はまだ行ったことがないので、琵琶湖はまだ想像上の場所である。
琵琶湖では、びわこ虫と呼ばれる小さな虫が大量発生することがあるらしい。正式にはオオユスリカという。掲句の蚊柱も、実際は小さなものなのかもしれないが、竜巻のように立ち昇る様子を思い浮かべてしまう。蚊柱はオスがメスに存在を知らせるためのものらしい。空は女心のようにはっきりしないのだろう。
琵琶湖は年に一回、深呼吸をする。上層の酸素を多く含んだ水と下層の水が入れ替わり、湖底に酸素を送るのだ。しかし上層の水温が下がらないと、この現象が起こらない。近年、温暖化の影響で、この循環が起きないと、その年は湖底の生物が大量死することになる。
おぼつかないのは、空だけではない。(関根千方)