不思議な句でありながら、直感的に心を惹かれる句である。
まず、恋をしているのは誰なのか。松尾芭蕉の〈さまざまの事おもひ出す桜かな〉という句で、「思い出す」の主格は、文法的には桜とも読めるが、意味としては桜に向き合っている人である。雛人形の持つ擬人的なイメージから錯覚しがちであるが、掲句も同様に、恋をしているのは雛ではなく、雛に向き合っている人であろう。
次に、おそろしき恋とはどのようなものなのか。古語の「おそろし」が、現代語の恐ろしいに加えて、ただならぬ、並々ならぬ、という意味を持つことから、一途な恋心を抱いた娘が、雛の前に佇んでいる情景が浮かぶ。雛人形が、母から娘へ代々引き継がれてきたことを思えば、その姿は、かつての母や祖母、各時代のその家の女性たちに重なるものでもある。
尚、句集『沖縄』で、掲句の前に置かれている句は、〈初々しき心まばゆき雛かな〉である。おそろしき恋は、初恋なのかもしれない。(田村史生)