季語は「けさの秋」、立秋である。人は季節の変わり目を様々なものから感じる。感じたものを詩歌は言葉で掬いとる。作者は一節の竹に、今朝秋が来たことを感じた。
一節の竹は、瑞々しい若竹だろうか、色を増した青竹か、あるいは歳月を経た煤竹か、白色に近い老竹色と思いたい。ふっと、花入にはまだない花が存在するような気になった。句から花が視える。ないものをあると感じさせる力がこの句にはある。花とは竹の命がもつ花である。ものの命の本質をしっかりと捉えているからだろう。
句集『初雁』は2002年から2004年までの489句が収録されている。作者はあとがきで天変地異が相次いだと書いている。天変地異は、地球上の命あるものが上げる悲鳴である。作者はその悲鳴を聞き逃さない。豊かで鋭い感性でものの命を大きく深く捉える。命は一句の花となる。そんな句が『初雁』にはたくさんある。『初雁』は長谷川櫂の句集のなかでも、大きな山となる句集ではないだろうか。(きだりえこ)
竹を使った花入は、千利休がはじめて作ったとされる。それまでは中国伝来の金ものが主流であったが、利休の眼と手によって竹に新しい美と様式が見出された。ここにも利休の真骨頂がうかがえる。特に、天正18(1590)年、秀吉が北条征伐のために小田原に兵を進めたとき、伊豆韮山の竹で作った「園城寺」「尺八」「夜長」の三種は、その後の竹花入の基本となった。
掲句を読んだとき、三種のうちの「尺八」を想起した。この「尺八」と銘がつく花入は、真ん中より少し下に一節のみ残して、その他の節をすべて切り落とした簡素極まる造形で、寸切(ずんぎり)とも呼ばれている。竹という素材がもつ簡素な質感を十二分に活かして、無駄な装飾をばっさり削り去った清々しさが、見るものの心まで軽くする。
この句には、どんな花が活けられているかまでは描かれていないが、活けられた花の本然が引き出されたに違いない。
「けさの秋」という季語は、立秋となり、残る暑さの中にも秋に向かう兆しが微かに感じられるところを掬いとったことばであるが、充実の句集『虚空』を上梓した平成14(2002)年に作られたことを考えると、四十八歳の櫂自身の心持ちまで包含した一句と考えたい。人生の秋の入り口に立ったという思いをこの句に重ねると、この「竹一節」という表現が、俳人・長谷川櫂の生き方の理想を象徴的に浮かびあがらせる。すっきりしていて力強い櫂の俳句の理想をも垣間見させてくれる句である。俳諧の一筋につながり、この道に生きていく決意を読み取ることができる。(渡辺竜樹)