こまやかにいさきをつつき夜の秋『蓬萊』

 「いさき」は、夏の魚。刺身や焼き魚にする。「つつ」くのだから、焼き魚だろう。掲句は、「こまやかに」で美しい箸の動きが見える。
 「夜の秋」は夏の季語。夏も終わりに近づくと、昼間は暑く過ごしがたくても、夜は涼しい風が吹き、ほっとした心持ちになる。ああ、秋が来たかなと思うと、あくる日は、また朝早くから暑い。まず、夜だけが秋となるのだ。それを感じ取って「夜の秋」という。夏の魚である「いさき」を食べていても、箸先に作者は秋を見ている。
 掲句からは、長かった夏の一日を、また長かった夏という季節を、安らかに愛おしみ、惜しむ心が感じられる。(藤原智子)

 日中、うだるような暑さに耐えるような真夏でも、夜になれば涼しげな風が首筋を撫で、いずれ来る秋の気配を感じることがある。そうした時、抑え気味の灯火の下、塩焼きにしたいさきを箸でつつき、あるいは冷酒と交互に夏バテ気味の胃に送り込む、そうした光景であろうか。
 掲句の特徴の一つは、kの音、特にキの音の繰り返しにある。破裂音であるカ行、中でもキの音の響きが句全体に夏の夜の静かな生気を想像させる。さらに上五、中七、下五はいずれも母音iで終わる脚韻を踏んでいる。口を横に開く母音i、その脚韻が五七五のリズムを強調する効果をもたらしている。
 この二つの効果がクロスしているのが、中七の「つつき」である。「夜の秋」を修飾する連体形「つつく」ではなく、連用形を用いたことにより、句に切れが生じ、iの脚韻を踏むこともできた。眼前にはいさきはなく、作者の心から生まれたのかもしれないと思うほどの巧みな計らいである。
 句集『蓬萊』には同じキで終わる白身の魚、鱸も登場する。しかし、晩夏の夜、口に入れる細やかな肉片は、いさきでなくてはならない。(臼杵政治)