穴子裂く大吟醸は冷やしあり『果実』

 穴子を天ぷらか白焼にでもして、一杯やろうというのだろう。すでに酒は冷やしてある。しかも大吟醸である。気持ちものってくる。
 穴子の首に刃を落とし、メ打ちして俎板に固定してから、背に刃を入れ中骨に沿って身をひらく。上五の「穴子裂く」は、このときの首から尾の先まで一気に包丁を引く板前の動作を思わせる。あざやかに暑気をはらうかのような涼しささえ感じさせてくれる。
 掲句の作者は、この板前の動作を見つめている。目を奪われているのかもしれない。作者はまだ穴子を口にしていないし、酒も一滴も飲んでいない。料理された穴子と大吟醸が出されるのを待っているのだ。つまり、掲句はこの「待つ」という時間を詠んでいるともいえる。
 いまはYouTube動画を倍速で観る人も多い時代である。コンビニのレジであれ何であれ、現代はますます待つことがストレスになりつつある。掲句は、穴子や大吟醸以上に、この「待つ」という時間こそが美味しさの源であることに気づかせてくれる。(関根千方)

 穴子を捌くときは、一般的に、目打ちで頭を俎板に固定して、背に沿って包丁を入れていく。掲句は「裂く」という勢いのある動詞でその動きを表現して、中骨に沿って包丁を右から左へ滑らせるときの、弾力のある手ごたえまで感じさせる。穴子を捌いているのは作者であろうか。いや、けっして作者ではない。あたかも作者自らが包丁を握っているかのような主体的表現を使うことで、俎板上の湿り具合や、ぬらぬらとした穴子の手触り、そういったものまで伝わってくる。「裂く」という発声のキレのよい響きも臨場感に加勢する。
 一方、中七以降においては、静物画のように、あっさりと物の状態をそのまま描いている。上五が動とすれば、こちらは静。数時間前、作者はとっておきの酒を冷蔵庫に忍ばせておいたのだろう。穴子の味を引き立たせる大吟醸は、よき程に冷え、今か今かと出番を待っている。さらりとした表現に期待十分の思いが込められている。「大吟醸」とは、吟醸酒のうち、精米歩合が50%以下の白米を原料として製造し、固有の香りや色沢が特に良好な清酒であり、時間をかけてじっくり低温で発酵させることにより、とびきりフルーティな香りを持つ。つまり、日本酒のなかで最も華やかなお酒なのである。
 「穴子裂く」でこれから饗されるであろう、白焼き、握り、天ぷらなど穴子料理の数々を想起させ、「大吟醸は冷やしあり」で近づく舌の喜悦を予感させる。句のなかにある切れが功を奏して、穴子と大吟醸が最高の状態でぶつかる華麗にして香ばしい時間の到来を、胸膨らむように読む者に味わわせてくれる句である。(渡辺竜樹)