櫂俳句に屛風はしばしば詠まれているが、中でも人口に膾炙した句だろう。副詞「ひたと」は「直と・頓と」と書き、「へだてなく・ぴったりと」「ひたすら・いちずに」「にわかに」の意。なるほど、表面が密着したというだけでなく、畳むという動作の最後の一瞬、屛風自らがにわかにすっと吸いつき合ったかのようだというのだ。「ひたと」の語感は「ひたひた」にも近く、この世のものならぬ何かが屛風に宿っている気さえしてくる。
しっかりした屛風とは、杉材の骨組みの上に和紙を何枚も貼り重ね、紙の厚さや糊の付け方を微調整することで反り返りや歪みを防いでいるそうだ。春夏秋冬、気温や湿度が変わっても表面はピンと張っていなければならない。特に厳冬の緊張感は想像するだに物凄い。
ここに、櫂俳句の美学が垣間見える。美しい俳句は、目に見えない部分の糊さえ寸分も疎かにされていてはならないのだ。「ひたと吸ひつく屛風」の姿は、俳句の姿でもある。(イーブン美奈子)
この屛風は畳まれるのだから国宝などではなく、普段和室で使っているものだろう。しかし一読では「ひたと吸ひつく」という表現の理解は難しい。
風よけのために使うのが冬の間だけなので屛風は冬の季語だ。冬の荒涼とした心情をなぐさめるためか、描かれている題材も広々とした風景が多いように思う。風よけとして使われている屛風の風景に作者はそこに吹く風も見ていただろうか。
季節がめぐりいざ屛風を畳む段になる。両手で屛風の縁を持ちそっと重ね合わせる。空気の抵抗もあってふわっとした感触がある。空気がゆっくりと逃げ出すように屛風は畳まれる。屛風の風景に見えていた風が一瞬吹いたように感じたかもしれない。そしてそれっきり風はやみ屛風は静かになる。もともとそうであったかのように。
こう想像すると、一見奇異に思えたこの副詞と動詞は畳まれた屛風の表現方法としてこれ以上ぴったりしたものはないように思えてくる。「ひたと吸ひつく」はこころで感じた感覚だが、手で直に感じた実際の感覚がベースになっているからこそ力を持つ。(三玉一郎)