一切は定家葛の夢の中『太陽の門』

 この句は、作者の第五句集『虚空』(2002年)にある〈虚空より定家葛の花かをる〉という句を受けている。2000年3月に腎不全で逝去した作者の師・飴山實が死の前年、腹膜透析や歩行困難を抱えつつ旅したニュージーランドで偶然定家葛の花を見つけたエピソードを記した長い前書きのある句だ。「かかるところにて定家葛とは先生の修羅垣間見し心地せり」などとある。
 定家葛は飴山が愛した花だ。その名は、式子内親王に恋した藤原定家の執心が死後まで続き、内親王の墓に蔓となってからみついたという伝説に由来する。定家葛は「執心」のシンボルかもしれない。
 〈虚空より〉の句の方が実在感と緊張感があり、断然光っていると私は思う。掲句は回顧的な、しかもやや諦念の響きがある。「一切」を「定家葛の夢」に収めたことによって、飴山へのオマージュとなり、定家への献辞にも、「はかなさ」や「あはれ」を尊ぶ日本の伝統的な美意識全体への頌歌ともなっている。
 しかし定家葛や飴山に関する読み手側の一定の知識を前提としている句でもある。また人の世の栄枯盛衰のはかなさ、執心のはかなさを説く「一炊の夢」の故事を思わせもする。一切は夢の中という呟きは、あまりに常套的で感傷的過ぎはしまいか。(長谷川冬虹) 

 定家葛は、式子内親王に恋した藤原定家の執心が死後まで続き、蔓になって内親王の墓に纏わりついた伝説に由来する。とすれば、櫂が経験したかつての激しい恋を懐旧する句とも読める。
 櫂の第五句集『虚空』に〈虚空より定家葛の花かをる〉という句がある。櫂の師、飴山實が死の前年、腎不全による腹膜透析をしながら不自由な身で旅したニュージーランドで定家葛を見つけ、居合わせた人々が「かかるところにて定家葛とは先生の修羅垣間見し心地せり」と語り合ったことを聞いて詠んだ句だ。
 〈虚空より〉の定家葛は師が偶然見つけた花だが、〈一切は〉の定家葛は、師の享年(七十三)に近づきつつあり、また自身も皮膚がんを患う櫂が、師の修羅に自分も思い至って、心に見据えた必然的な花なのだ。
 句の鑑賞には、一句の言葉だけを手掛かりとする方法と、作者の人生の修羅を凝視する方法とがある。掲句は、後者によってより深く味わえる。(齋藤嘉子)