夏の炉のしづかに人を忘れけり『太陽の門』

 どこか避暑地の冷え込んだ一日であろうか。夏にもかかわらず、思わぬほどに肌寒い。外には風が吹いている夕方か、炉に火を入れて暖を取る。薪に火が移る音がし、眼前の炉の中で炎が上がる。手をかざし、暖を取って周りを見ると誰もいない。知っている顔がストーブを囲んで暖を取る冬とは違い、喋る相手もいない静寂に包まれている。
 「人を忘れけり」とはどんな状況だろうか。他人の存在を本当に忘れたのだろうか。暖かな炉の炎と対峙していると、いろいろな俗事やしがらみ、それに関わる人々のことを忘れられたのに違いない。自分に纏わる他人がいなければ、当然孤独になる。しかし、孤独を気にしない、あるいは孤独を楽しむ気持ちがあれば、不安や不満を感じることはないだろう。
 芭蕉は「予が風雅は夏炉冬扇のごとし」とし、俳諧において世間の逆を行くことを躊躇わなかったという。文明の利器などなく、炉の炎だけが見える孤独の中で、作者は本来の自分に不要なものが全て削ぎ落とされているような、落ち着いた気持ちに包まれている。(臼杵政治)

 「夏の炉」が「人」を「忘れ」るとは、どういうことか。掲句だけでは、読者には「人」が誰のことかわからない。
 句集では掲句の前にも夏炉の句が四句並ぶ。〈幻の一人の守る夏炉かな〉〈戦争に子を奪はれし夏炉かな〉〈戦争や閑かに夏の炉はありき〉〈閑かなるもの恐ろしき夏炉かな〉。冒頭に「蛇笏龍太山廬」と前書があり、「夏の炉」が、蛇笏、龍太父子が生涯を過ごした山梨県境川の山廬のものだとわかる。夏炉は夏でも冷える山間地で焚く炉。山廬でも焚く。すなわち蛇笏と龍太の暮らしを象徴するものだった。
 蛇笏は戦争で長男と三男を亡くした。龍太の兄たちだ。掲句の「夏の炉」とは蛇笏の心そのものだろう。そして、その心が「しづかに」忘れた「人」とは、二人の息子を奪い去った「戦争」そのもの。蛇笏は、愚かな「戦争」に怒り、呆れ、ついにはそれを心から追い出した。それが「忘れ」たということだ。(藤原智子)